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札幌地方裁判所 昭和33年(行)7号 判決 1960年1月27日

原告 北海小型タクシー株式会社

被告 北海道地方労働委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が北海道地方労働委員会昭和三二年(不)第二三、二五号北海小型タクシー株式会社労働組合法第七条関係事件について、昭和三三年四月四日付なした不当労働行為救済命令のうち、原田義二に関する部分は、これを取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、「一、原田義二は、昭和三一年九月、原告会社に運転手として採用され、以後稼働してきたが、昭和三二年一一月九日退職した。その後、右原田は、昭和三二年一二月二四日、原告会社を相手として、被告に対し、右退職処分は、不当労働行為であるとして、救済の申立をなし、被告は、昭和三三年四月四日「原告は、右原田を昭和三二年一一月九日当時の原職に復帰させ同日以降復職の日まで同人の受くべき給与相当額を支払わなければならない」旨の命令を発し、右命令書写は、同月九日原告に到達した。二、しかし、右原田は、任意に退職したものであつて、被告のなした前記救済命令は違法であるからその取消を求める。」と述べ、抗弁事実のうち、右原田が、その主張の日に、その主張のとおりの身分、地位にある鍵谷隆信等から暴行をうけ、又原告会社総務課長池田幸太郎、同営業課長成沢毅と会談した事実(右会談の内容は除く)及び右原田が退職願を提出したことは、いずれも認め、その余を否認し、右暴行その他はすべて原告の関知しないところである。」と述べた。立証<省略>

被告は、請求棄却の判決を求め、請求原因事実に対する答弁および抗弁として、「原告主張事実のうち、一は認めるが二は否認する。前記原田義二は、昭和三二年六月二四日、原告会社の従業員により、北海小型タクシー労働組合(以下単に組合と略称する。)が結成されるや、その組合員となつた。原告会社は、右組合の結成を喜ばず、同年六月二八日、組合員佐々木邦夫、同大下武志、同干場時彦を降車処分に処分に付したので、組合はその撤回を求めて交渉中、原告会社の意向を入れ、新役員を選出するなどのことによつて、漸く妥結をみたが、またまた原告会社は、同年一〇月七日組合初代委員長であつた角田久次郎を解雇したので紛争となり、組合は同年一〇月一四日、右原田を執行委員長、永長郁造、高橋一雄の両名をそれぞれ副執行委員長および書記長に選出したのである。その直後、原告会社は、右原田および高橋に対し、解雇通告をなし、右は同月一八日撤回したが、その後、同月二五日、原告会社は、その代表取締役鍵谷達夫の甥であり、右会社に配車係として雇傭されていた鍵谷隆信をして、暴力団数名を使用し、右原田に対し暴行を加え、全治一週間を要する傷害を与え、同年一一月七日原告会社総務課長池田幸太郎は、右原田が勤務中であるのにも拘らず、これを飲食店「今芳」に帯同し、酒食を提供して退職を勧告し、更に同月九日、同営業課長成沢毅が喫茶店プリンスにおいて同様強く退職を勧告した結果、右原田は、これを拒否すれば、更に暴行を加えられはしないかとおそれ、同日その意に反し、退職願を提出したのであつて、原告会社の右所為は、労働組合法第七条第一、三号に各該当するので本件救済命令がなされたので何等違法でない。」と述べた。立証<省略>

理由

一、原告主張事実のうち、一は当事者間に争がない。

二、被告は、前記原田義二に対し、原告がなした解雇は、労働組合法第七条第一、三号に各該当し、不当労働行為であると主張し、被告は争うので以下証拠を検討する。

(一)  まず組合結成当時およびその後の原告会社・組合の関係を、争点を判断する前提として検討してみたい。

(1)  証人高橋一雄、同湯浅政人、同干場時彦、同吉崎勉の各証言同高橋正喜の証言の一部および成立に争のない乙第九号証のうち、高橋一雄、原田義二の各供述部分、同様成立に争のない乙第一五号証のうち干場時彦、中田一男の各供述部分(後記認定に反する部分を除く)を綜合すると、

<1> 昭和三二年六月、原田、干場、角田等が発起人となり、原告会社従業員の大多数によつて、労働条件の改善をはかるため、組合が結成されたこと。および結成とともに、函館地方労働組合(以下函労と略称する。)に加盟したこと。

<2> 組合結成に際し、原告会社はこれを喜ばず、その代表取締役鍵谷達夫において、「組合を作つて対抗するなら、愚連隊を使つて日本刀でぶつた切つてやる。」旨放言したこと。

<3> その後、間もなく、原告会社は、明確な理由もないのに、当時組合結成の中心として活躍した、大下武志、佐々木邦夫、干場時彦の三名を、それぞれ出勤率不良、風紀紊乱、不正行為をなしたとの理由にかこつけて、給料を支給せず、出社をさしとめる処分である降車処分に付したこと。

ならびに、原告会社は、右三名に対する前記処分の撤回を求める交渉申入に際し、右組合が函労から脱退することおよび、当時の右組合執行部が解散することを条件として、その交渉に応ずるといつた態度を示し、やむなく、組合が右条件を容れ、同年七月四日、執行部を改選し、又函労より脱退して、交渉を続けた結果、原告会社は、右三名に対しなした前記処分を撤回したこと。右に述べた如き事情で執行部が改選された結果、配車係長中田一男を委員長とし、主として班長級で構成された新執行部が成立したこと。

<4> その後、同年一〇月九日頃、原告会社は、突然、右組合結成当時の執行委員長であつた角田久次郎を、不正行為をなしたとの理由に藉口して、懲戒解雇処分に付したこと。

<5> 右処分に際し、当時の右組合執行部が、組合員にはかることなく、これに了承を与えたことが問題となり、組合員多数により、執行部の改選が要求された結果、同月一四日、右原田を執行委員長、前記高橋を書記長、前記干場、大下、今泉等を執行委員とする執行部が成立し、その後、間もなく、函労に再加盟したこと。

<6> その直後、新執行部は右角田に対する処分に反対し、原告会社に団体交渉を申入れたところ、原告会社は、突然、右原田に対し、風紀紊乱を、右高橋に対し、不正行為をなしたことをそれぞれ理由として、懲戒解雇処分を通告したこと。および右二名には、処分の理由とされた事実はいずれもないこと。又右組合の交渉の結果、原告会社は、同月二〇日頃、右処分を撤回したこと。

<7> 同年一〇月一七日頃、前記中田を執行委員長とする、第二組合である、職員組合が結成されたこと。

および原告会社は、組合員多数を利益で誘導し、あるいは馘首をもつて脅迫して、右職員組合に加入せしめた結果、組合は間もなく潰滅したこと。

を、それぞれ認定することができる。右認定に反する原告会社代表鍵谷達夫、証人高橋正喜、同中田一男の各証言の一部は俄かに措信することができず、その他右認定を左右するに足る証拠は存しない。

(二)  ついで、前記原田に対し、加えられた暴行の点につき、証拠を検討する。

(1)  昭和三二年一一月二五日頃、前記鍵谷の甥にして配車係として原告会社に勤務していた鍵谷隆信等から暴行をうけたことは、当事者間に争がない。被告は、原告会社が、右原田を退職せしめるべく、右鍵谷隆信等をして、右暴行をなさしめたものと主張し、原告は、その関知しないところと否認するので、按ずるに、なるほど右暴行が被告主張のごとく原告会社によつてなされたものとする直接証拠は存しないところであるが、証人原田義二、同高橋一雄、同干場時彦の各証言、成立に争のない乙第九号証のうち、原田義二の供述記載部分を綜合すると、

<1> 右暴行を加えた際、前記鍵谷隆信は、右原田に対し、「お前、このごろ社長にたてついて、とんでもない奴だ。」など、また右原田を暴行現場に呼出した三上和明が、「お前、このごろ、いい顔になつて、組合を煽動していると言うんじやないか。」など、それぞれ申向けたこと。

<2> 右原田において、右鍵谷の反感をかうべき事由の存しないこと。

<3> 右原田のみならず、当時組合幹部として活躍していた、前記干場、高橋の両名もまた、右原田に暴行を加えた集団と同一と思われる不良から、そのころ呼出をかけられ、つきまとわれるなど、同様暴行をうけるおそれがあつたこと。

<4> 右暴行事件の直前である、同月一七日頃、前記鍵谷達夫は、団体交渉の席上において、組合代表に対し、「お前ら、函労や函バスとピケを張るなら、おれは、暴力団を五、六〇名動員して、日本刀でぶつた切つてやる。」旨放言したこと。

を、いずれも認めることができる。右認定に反する証人鍵谷隆信、同三上和明、同高橋正喜、原告会社代表者尋問の各結果の(いずれも一部)はいずれも措信しないし、その他、右認定を左右するに足る証拠は存しない。右の各事実と、既に認定した組合の結成当時およびその後において、原告会社が組合に対し執つた態度を考え合わせると、鍵谷隆信等が右原田に対し加えた暴力は、原告会社が右原田が組合の中心として活躍することから、その存在を嫌忌し、同人を退職せしめるため、右鍵谷等をして、暴行を加えさせたものと推認するのが相当である。

(三)  次に右原田と池田、成沢との会合の内容について、証拠を検討する。

(1)  同年一一月七日頃、原告会社総務課長池田幸太郎が、又同月九日頃、同営業課長成沢毅が、それぞれ右原田と、被告主張の場所で会つた事実は当事者間に争のないことである。

(2)  まず被告は、池田幸太郎が、右原田に対し、右会合の席上、退職を勧告したと主張し、原告はこの点争うが、証人原田義二、同池田幸太郎の各証言(後記認定に反する部分を除く)および成立に争のない乙第九号証のうち右原田の供述記載を綜合すると、

<1> 右会合は、原田義二の勤務時間中になされたものである。

<2> 池田は、原田に会うため、ことさらに配車係を使つて、原告会社大門営業所に、右原田を呼び寄せたこと。

<3> 飲食店「今芳」においてなされた右会合は、長時間にわたり、且つ飲酒し、右代金は池田において支払つたこと。

をいずれも認め得る。右事実からも、右席上において、池田は原田に対し、「君がいると会社と組合がスムーズにいかないからやめないか。」など申向けて、再三再四退職を勧告したとする右原田の証言は、充分に措信することができ、被告主張の前記事実を推認することができる。逆に、右認定に反する証人池田幸太郎の証言の一部は措信しない。その他右認定を左右するに足る証拠はない。

(3)  つぎに、前記成沢が、同様原田に対し退職を勧告したとの被告の主張につき判断する。

証人原田義二の証言に、成立に争のない乙第九号証のうち原田義二の供述記載を綜合すると、喫茶店「プリンス」における右会合の席上で、右成沢は、右原田に対し、「やめるのが一番いい方法だ。残つた組合員は全面的に職員組合同様に取扱うから、安心してやめれ。」旨申向けて、退職を勧告したことを認めることができる。右認定に反する証人成沢毅の証言は措信しない。その他右認定を左右するに足る証拠はない。

(4)  右事実に、既に(一)において認定した事実および右池田および成沢の原告会社におけ地位を考えあわせると、これらの勧告は、単なる池田等の思いつきによるものではなく、組合の幹部としての右原田の存在を嫌い、これを除こうとした原告会社の一連の方策として執られたものと謂わざるを得ない。

(四)  原田義二退職の経過

右原田が、同年一一月九日頃、原告会社に対し、退職願を提出し、外形的には、任意退職したこととなつている点は、当事者間に争いのないところである。

しかし、被告は、この点につき、右原田が、同人に対し加えられた、前示暴行、勧告の結果、退職せざるを得ない立場に追い込まれ、やむなく退職願を提出したと主張するので、既に認定した右暴行その他が右原田の退職と、因果関係を有するものであるかについて、なお判断する必要がある。

(1)  証人原田義二の証言および成立に争のない乙第九号証のうち同人の供述記載部分をみると、右原田が前示暴行により、顔面に全治約一週間を要する打撲傷を負つたこと、および同人はその後も不良につきまとわれており、再び暴行を加えられるかもしれないといたく畏怖していたこと。および、身の安全をはかるためには、早急に函館をはなれなければならないと考えていたこと。池田、成沢の度重なる勧告に、かなり動揺するに至つたことを認め得る。右認定を左右するに足る証拠はない。

(2)  さらに右原田が退職願を提出した際の状況を証拠により検討するに、証人原田義二、同成沢毅、同高橋正喜の各証言(後記認定に反する部分を除く)、成立に争のない乙第九号証のうち右原田の供述記載部分を綜合すると、

<1> 前示のごとく、右原田が成沢より、喫茶店「プリンス」で退職を勧告され、その直後、電話で本社に呼出され、右成沢および原告会社において、労務関係事務を担当する高橋正喜と会つたこと。

<2> 右原田はそれまで、池田、成沢に対し、退職の意向を洩らしたことがなかつたのにも拘らず、その際、高橋等は、右原田が退職するものときめてかかつた高飛車な態度を示し、原田が申し出ないのにも拘らず、通常の額を上廻る退職金三万円の小切手を示し、成沢において、「形式だけでいいから退職願をかけ。」など申し向けたこと。

<3> 原田がその際近日中に行われる予定の団体交渉に出席する旨告げたところ、高橋等は、「団体交渉に出られれば困る。」といつて、その場で、小切手を現金に換え、これを右原田に示したこと。

<4> 原田としては、前示のごとく、精神的にひどく動揺していた折でもあり、ここに退職を決意して、いわれるままに、その場で、退職願を書き、右金員を受取つたこと。

をいずれも認めることができる。右認定に反する証人高橋正喜、同成沢毅の各証言の一部は措信しない。その他右認定を左右するに足る証拠は存しない。

(五)  二(四)の(1)(2)および二の(一)ないし(三)で認定した右原田の前記組合における地位、その活動、そして原告会社の右組合及び右原田に対する態度をすべて考え合わせると、なるほど、右原田の退職は、外形的には、その自発的なものの如くであるが、しかし、右原田が組合の中心として活躍したことから、右原田の存在を嫌忌した原告会社が、右原田に対し、直接その身体に対し、強圧を加えると共に強く退職を勧告し右原田を退職せざるを得ない立場に追い込んだ結果の現象にすぎず、合意解雇との形はとつているが、右原田の意思決定に、原告会社の行為が、前示のごとく、不当な影響を及ぼしているものとみざるを得ないのである。かかる場合においては、退職に関する形式的合意の存在をもつて、不当労働行為の成立を否定すべきでないことは明らかである。

三、以上判示のごとく、原告会社の右原田に対する所為は、まず労働組合法第七条第一号に該当する。したがつて、被告が本件救済命令をなしたのは相当というべきであるからその余の点につき判断をなすまでもなく、その取消を求める原告の請求は理由がない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田口邦雄 賀集唱 岩野寿雄)

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